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中山式快癒器 開発の歴史 -私の病弱体質が中山式健康法の出発-

中山式産業株式会社
創業者  中山 武欧

病弱だった幼少時代

私は今でこそ歳より若く見られ健康ですが、健康産業に従事するようになったそもそものきっかけは、私自身、幼少時代から病弱体質だったことなのです。

幼い頃から自分の健康に自信がなく、常に不安を抱いていましたし、健康のことが頭から一時も離れませんでした。当時は、70歳過ぎまで長生きするとは思ってもみませんでした。そんな病弱な体質をなんとか改善したいという思いから、医学や医薬品に興味を持つようになり、健康器具の研究開発に取り組むようになっていきました。

そのうち、自分だけでなく、世の中のすべての人の健康へと関心が向き、それが「中山式健康法」を作りあげる原動力になっていったのです。

兵役検査に3度も失格

特別病気をしていたわけではないのに、あまりにも痩せ過ぎており、現役兵としては失格でした。

そんな私にも召集がきました。しかし、身体検査で「即日帰郷」という不名誉なものでした。さらに戦火が激しくなり、2度目の召集がきましたが、これまた即日帰郷。

そんな状態だったので、医学書を読みふけるようになり、脊椎の重要性を知ることになったわけです。いわゆるカイロプラクティック療法というもので、脊椎のゆがみを矯正することで万病を治すことができるというものでした。

そこで、日本人の体型にあった脊椎矯正器の開発に乗り出すことになるのですが、この時はまだ戦争の最中で、一時中断せざるを得ませんでした。

第1号快癒器の誕生は昭和22年

第1号中山式快癒器(昭和22年) 製品化する前の研究開発時に
使用された快癒器の原形
「私の発明第1号は昭和22年です。右に掲載した写真は、第1号器の発明前の研究開発に使用した、いわば快癒器の原形とも言えるもの(写真下)と、第1号器(写真上)です。自分の体重を利用して、背骨の両側のくぼんだ部分を自己指圧するにはどうしたら良いかを考えた末、考案したものです。

この快癒器は、医学的にも評価され、外科学会で発表されたり、新聞にも取り上げられ話題となり、徐々にファンも増えていきました。私自身が実験台として効果を確認したものでしたので、自信を持って奨めることもできました。

わが国には古くから指圧療法があり、その効果は認められておりましたが、それ以外に、背骨の重要性が西洋医学においても認められたことは、自分が開発した製品に理論的な裏付けがあることを意味し、製品開発に一層の自信がわいてきました。

ウソのようなホントの話

感謝の声が続々寄せられました 中山式快癒器の特許証(昭和22年8月)
快癒器を使った方々から多くのお手紙をいただきましたので、それらを雑誌で紹介したところ、今でいう公正取引委員会から「誇大広告」とのクレームがありましたが、もちろん、誇大広告ではなく、役所で手紙の差出人ひとりひとりに間違いなく事実であることを確認したということもありました。
なお、中山式快癒器は昭和22年に国内特許を取得しました。引き続きフランス、イギリス、米国においても特許を取得しました。
昭和36年9月には医療用具としての許可を受け、今日までに650万台近くのご愛用を賜っております。

中山式快癒器の足跡(抜粋)

昭和22年…中山式快癒器国内特許登録
昭和23年…(社)発明協会東京支部より推奨状を受く
昭和32年…フランス、イギリス特許登録
昭和33年…アメリカ特許登録
昭和36年…通商産業大臣より表彰状を受く 医療用具として製造承認を受く
昭和37年…国内実用新案登録 H型(6球式)を発売
昭和48年…ニュー中山式快癒器発売
昭和49年…DX中山式快癒器発売
昭和55年…第5回発明大賞考案功労賞を受く
昭和57年…ソフト中山式快癒器発売
昭和59年…ゴールド中山式快癒器発売
昭和63年…パールソフト中山式快癒器発売 パールDX中山式快癒器発売
平成 6年…クリスタル中山式快癒器発売